三瓶隧道の絵はがき
土木遺産と往時の風景

- 「宇和名勝 三瓶トン子(ネ)ル」(イズミヤ洋品店発行、県歴史文化博物館蔵)
1917(大正6)年12月、西予市の宇和町と三瓶町を結ぶトンネル、三瓶隧道(ずいどう)が竣工(しゅんこう)した。起業者は当時の三瓶村であり、工事費は山田村・笠置村・県も出資しているが、県費を除く約6割を三瓶村が負担していた。三瓶隧道は現在の西予市宇和町郷内にあり、入り口・出口ともに宇和町に位置しているが、起業者である三瓶村の名が隧道名として残されている。
隧道の延長は317mで、高さ約4m、幅約4mで、垂直の側壁とアーチ断面をもつれんが積みのトンネルである。帯石の上には「三瓶隧道」と記された扁額(へんがく)が掲げられ、シンプルだが美しいデザインとなっている。三瓶隧道の工事を担当したのは、間猛馬(はざま・たけま)という人で、福岡県の門司で九州鉄道の工事を請け負い、間組を設立した人物である。
三瓶隧道は1988年まで県道として使用され、その後は市道となった。2011年7月25日には、国の登録有形文化財(建造物)に登録され、当時の技術や産業等を知ることがきる貴重な土木遺産として現在に伝えられている。
今回紹介する絵はがき「宇和名勝 三瓶トンネル」には、隧道を抜けてきた車が写されている。大正から昭和にかけての日本では輸入車が多く流通しており、絵はがきに写る車もアメリカから輸入されたシボレー車のように見える。ナンバープレートには「13」の数字を確認することができるが、それ以外の情報は判読できない。
絵はがきは当時の様子をうかがい知ることができる興味深い歴史資料である。当館では、今回紹介した絵はがきのほか、乗物と風景に焦点を置いて厳選した県内の絵はがきを展示するテーマ展「乗り物がある風景」を(2026年)4月5日まで開催している。大正から昭和のどこか懐かしい風景を楽しんでいただきたい。
隧道の延長は317mで、高さ約4m、幅約4mで、垂直の側壁とアーチ断面をもつれんが積みのトンネルである。帯石の上には「三瓶隧道」と記された扁額(へんがく)が掲げられ、シンプルだが美しいデザインとなっている。三瓶隧道の工事を担当したのは、間猛馬(はざま・たけま)という人で、福岡県の門司で九州鉄道の工事を請け負い、間組を設立した人物である。
三瓶隧道は1988年まで県道として使用され、その後は市道となった。2011年7月25日には、国の登録有形文化財(建造物)に登録され、当時の技術や産業等を知ることがきる貴重な土木遺産として現在に伝えられている。
今回紹介する絵はがき「宇和名勝 三瓶トンネル」には、隧道を抜けてきた車が写されている。大正から昭和にかけての日本では輸入車が多く流通しており、絵はがきに写る車もアメリカから輸入されたシボレー車のように見える。ナンバープレートには「13」の数字を確認することができるが、それ以外の情報は判読できない。
絵はがきは当時の様子をうかがい知ることができる興味深い歴史資料である。当館では、今回紹介した絵はがきのほか、乗物と風景に焦点を置いて厳選した県内の絵はがきを展示するテーマ展「乗り物がある風景」を(2026年)4月5日まで開催している。大正から昭和のどこか懐かしい風景を楽しんでいただきたい。
(主任学芸員・甲斐未希子)
※キーボードの方向キー左右でも、前後の記事に移動できます。