調査・研究えひめの歴史文化モノ語り

第58回
2019.11.21

観光PR 肉筆画も存在

戦後松山市の鳥瞰図

1949年発行の松山市観光リーフレットに掲載された同市の鳥瞰図(左側トリミング)=県歴史文化博物館蔵
 今回紹介するのは戦後間もない時期に、松山市を描いた鳥瞰(ちょうかん)図である。この連載においても何度か登場した「大正の広重」こと吉田初三郎が描いたもので、読者の中には「またか」とお思いの方もいらっしゃるかもしれない。それでもなお、今回も初三郎の鳥瞰図を取り上げるのは、珍しい資料が本館の特別展「瀬戸内ヒストリア」で展示されているからである。
 まず写真の資料について紹介すると、1949(昭和24)年に松山市が発行した観光リーフレットに掲載された鳥瞰図である。愛媛県産業復興松山大博覧会が開催された年で、リーフレットの各所に博覧会情報が記されていることから、宣伝も兼ねて作成されたものと考えられる。鳥瞰図の裏面には、松山市の観光PRがぎっしり記され、松山城や道後温泉、また四国霊場の石手寺や太山寺などが紹介されている。
 筆者の興味を引いたのは、お土産として紹介されていた「子規せんべい」である。調べてみると、2017年の愛媛新聞の記事を見つけた。記事によると、大正から昭和40年代にかけて、市内の菓子店が製造販売していたようで、四角のせんべいに子規の句が焼き印で押されたものだったらしい。当時のお土産の様子もうかがえ非常に興味深い。
 では、松山市鳥瞰図に関わる珍しい資料とは何か。それは、鳥瞰図の原画と思われる、吉田初三郎の肉筆画である。絹に描かれ額装されており、松山城が所蔵している。全国各地に吉田初三郎の肉筆画は残されているが、県内では数点しか確認されておらず、珍しい資料と言える。肉筆画と観光リーフレット版の鳥瞰図を比べると、色彩が多少異なり、リーフレット版には詳細な地名が加えられ、さらに英語表記も追加されていた。
 肉筆画は当館所蔵の資料でないため掲載しないが、当館の特別展「瀬戸内ヒストリア」(2019年11月24日まで)では両資料を並べて展示している。印刷された鳥瞰図と肉筆画を一緒に見られる貴重な機会なので、ぜひご覧いただきたい。

(学芸員 甲斐 未希子)

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