調査・研究えひめの歴史文化モノ語り

第78回
2020.9.26

少子化で継承に課題も

宇和島の「伊勢踊り」

宇和島市下波の伊勢踊り衣装(県歴史文化博物館蔵)
 「風流踊り」とは華やかで人目をひく扮装(ふんそう)で笛・太鼓・鉦(かね)などにあわせて踊る郷土芸能である。室町後期から江戸初期に流行した「小歌」を歌う場合が多く、雨乞い踊り、太鼓踊り、神踊りなどの名称で継承されている。各地で豊作祈願や除災、死者供養などを目的として行われ、現在、文化庁主導で全国の代表事例37件を国連教育科学文化機関(ユネスコ)無形文化遺産に登録するための活動が続けられている。
 県内で風流踊りに分類される芸能としては四国中央市の鐘踊り、愛南町の花取踊りなどがあるが、代表的なものとして「伊勢踊り」が挙げられる。
 伊勢踊りは1614(慶長19)年に伊勢国(三重県)から全国に流行したもので、寛永年間(1624~44年)に土佐国(高知県)から宇和島藩内に伝わり、藩主伊達秀宗の庇護(ひご)のもと、伊勢神を祭る神明(しんめい)社が各地に建立された。このため、伊勢踊りは旧宇和島・吉田藩領内を中心に約20集落で継承されている。ちなみに、「ヨーイトコセ、ヨーイヤナ」のはやしの「伊勢音頭」は西条市など各地に見られるが、伊勢踊りより後の時代に流行した別のものである。
 伊勢踊りには除災の力があるとされ、各地で厄払いの際に踊られていた。現在でも伊方町二名津では新築や不幸のあった家のはらいのために演じられ、西予市宇和町や宇和島市三間町などでは病人の平癒祈願に行われることもあった。八幡浜市穴井では、1765(明和2)年に始まり、長寿祈願の組織「長命講」により実施してきたという事例もある。
 写真は宇和島市下波の伊勢踊りの衣装である。小学生男子(少子化のため現在は女子も参加)が花笠をかぶり、女性の衣装を着て、左手に舞扇、右手に御幣を持ち、太鼓、三味線の伴奏や歌にあわせて踊る。毎年9月16日に神明神社(結出)で、豊漁祈願のため、下波地区六浦の青年団が輪番で担当してきたが、近年は少子化で中止される年もあり、継承の課題も多い。
 400年前に流行した伊勢踊りが一地域に集中的に分布する事例は、全国的に見ても南予地方のみで、地域の文化遺産としての価値も高い。将来に向けた保存や再評価の取り組みが求められる。

(専門学芸員 大本 敬久)

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