夜明け告げる神聖な鳥
鶏形埴輪
- 今治市の前方後円墳から出土した鶏形埴輪。県教育委員会蔵(当館保管)。復元高約60cm
博物館にはさまざまな質問が寄せられる。今回は夏休みの宿題に「はにわ」を選んだ県外の小学校2年生からの質問への回答を兼ねて、当館保管の鶏形埴輪(にわとりがたはにわ)を紹介したい。この小学生は、家族で行った博物館で初めて「はにわ」を見て大好きになったそうで、夏休みに「はにわ」を調べたくなり、全国の博物館に手紙を送ったとのことである。
その内容は、「あなたの都道府県には『はにわ』がありますか? それはあなたの都道府県にうまっていましたか? どれくらいでてきましたか? どんな『はにわ』がいますか? あなたの都道府県にある『はにわ』には他とくらべてとくちょうはありますか? なんで『はにわ』が作られたと思いますか? 好きな『はにわ』をおしえてください」というアンケートであった。このような「はにわ」好きの小学生からの質問攻めに驚くとともに、回答するのに苦労するものもあった。その一つはあなたの都道府県にある「はにわ」には他とくらべてとくちょうはありますか? というものである。筆者は埴輪を専門に研究していないが、非常に鋭い質問で、この質問に答えることができる県内の研究者も数少ないと思われる。
そこで、当館が保管する鶏形埴輪を紹介することで、質問に回答したい。本資料は今治市の高橋仏師1号墳(全長約21mの前方後円墳)の発掘調査で出土したもので、頭部と羽、基底部が残存していたが、調査者の研究でほぼ完形に復元されている。頭部のとさかの形から、おんどりである可能性が指摘されている。よく観察すると足先も線刻で表現されている。県内ではこのような鶏をかたどった埴輪は4例のみしか出土しておらず、非常に珍しい資料である。
それでは、なぜこの古墳に鶏の形をした埴輪が並べられたの? という質問が返ってきそうである。
夜明けを告げる鶏は、古墳時代の人々にとって神聖な鳥であったと考えられている。そのように当時の人々が神聖に考えていたものを埴輪として被葬者の近くの墳丘に樹立したのではないかと考えている。当館ではこの埴輪をモデルとした実物大のパズルも製作しているので、機会があればパズルを体験して、当時の人々が埴輪に込めた思いを感じていただきたい。
質問者の小学生の宿題がどのようになったかが気になる夏の終わり近くである。
その内容は、「あなたの都道府県には『はにわ』がありますか? それはあなたの都道府県にうまっていましたか? どれくらいでてきましたか? どんな『はにわ』がいますか? あなたの都道府県にある『はにわ』には他とくらべてとくちょうはありますか? なんで『はにわ』が作られたと思いますか? 好きな『はにわ』をおしえてください」というアンケートであった。このような「はにわ」好きの小学生からの質問攻めに驚くとともに、回答するのに苦労するものもあった。その一つはあなたの都道府県にある「はにわ」には他とくらべてとくちょうはありますか? というものである。筆者は埴輪を専門に研究していないが、非常に鋭い質問で、この質問に答えることができる県内の研究者も数少ないと思われる。
そこで、当館が保管する鶏形埴輪を紹介することで、質問に回答したい。本資料は今治市の高橋仏師1号墳(全長約21mの前方後円墳)の発掘調査で出土したもので、頭部と羽、基底部が残存していたが、調査者の研究でほぼ完形に復元されている。頭部のとさかの形から、おんどりである可能性が指摘されている。よく観察すると足先も線刻で表現されている。県内ではこのような鶏をかたどった埴輪は4例のみしか出土しておらず、非常に珍しい資料である。
それでは、なぜこの古墳に鶏の形をした埴輪が並べられたの? という質問が返ってきそうである。
夜明けを告げる鶏は、古墳時代の人々にとって神聖な鳥であったと考えられている。そのように当時の人々が神聖に考えていたものを埴輪として被葬者の近くの墳丘に樹立したのではないかと考えている。当館ではこの埴輪をモデルとした実物大のパズルも製作しているので、機会があればパズルを体験して、当時の人々が埴輪に込めた思いを感じていただきたい。
質問者の小学生の宿題がどのようになったかが気になる夏の終わり近くである。
(専門学芸員 冨田 尚夫)
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