調査・研究えひめの歴史文化モノ語り

第141回
2023.5.18

空海の伝説 木版絵巻に

高野大師行状図画

空海の誕生の神秘的な場面が描かれている(巻1)。江戸時代以降、県歴史文化博物館蔵。
 2023年は日本に密教を広めた弘法大師空海(774~835年)の生誕1250年を迎える。
 平安時代初期の僧で、真言宗の開祖となった空海は、774(宝亀5)年、讃岐国多度郡屏風浦(現在の香川県善通寺市)に生まれた。父は佐伯直田公(さえきのあたいたきみ)、母は阿刀(あと)氏の出身、幼名を真魚(まお)という。
 今回紹介する「高野大師行状図画(こうやだいしぎょうじょうずが)」(十巻本)は、弘法大師空海の生涯を絵と詞書(ことばがき)で紹介した木版墨刷りによる絵巻形式の巻子本(かんすぼん)である。空海の誕生から高野山で入定(永遠の瞑想=めいそう=に入ること)するまでの事績を全91段にまとめている。
 空海の生涯を総合的に描いた絵巻は鎌倉時代中期以降に登場する。鎌倉新仏教が隆盛する背景の中で各宗派において高僧伝が作られ、真言宗では「高野大師行状図画」「弘法大師行状絵詞」などが制作された。また、南北朝期には空海生誕600年を記念して「弘法大師行状絵巻」が編纂(へんさん)されている。
 木版による空海の絵巻の成立は安土桃山時代にさかのぼる。本資料は江戸時代以降に版を重ねて普及したものと考えられる。
 巻第1の「誕生奇特事」では、空海が誕生するに至る神秘的な場面が描かれている。詞書には、天竺(インド)から聖人が飛来して母の懐に入るのを夢に見て懐妊したこと、一般の人のように十月十日(とつきとおか)で生まれたのではなく、12カ月もたって空海が生まれたことが記されている。画中には屋敷の寝所で男女(空海の父と母)が添い寝している。そこに雲に乗った聖人が現れる。厩(うまや)では馬が異変を感じている。こうした不思議な話は聖徳太子の誕生伝説などにも共通する。
 弘法大師信仰の広がりの中で、空海の事績や伝説を絵画化した巻子や掛け軸、冊子類は数多く制作された。本資料は大量制作を可能とした木版による空海伝絵巻として注目され、弘法大師伝説形成の歴史を示している。

(専門学芸員 今村 賢司)

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