調査・研究えひめの歴史文化モノ語り

第153回
2023.11.11

再生力に神秘感じたか

刻みが入ったシカの角

刻骨=古墳時代初頭 、県歴史文化博物館保管
 本連載の2020年6月23日付の72回目に宮前川北斎院遺跡(松山市)から出土した卜骨(ぼっこつ)を紹介したが、今回取り上げるのも同遺跡で見つかったシカの骨角加工品である。よく見ると、一部に人為的に付けられた細かい刻みを確認することができる。
 これは、刻骨(こっこつ)とよばれるもので、紀元前2~5世紀ごろの朝鮮半島南部や、弥生時代後期~奈良時代の関東以西の遺跡で見つかっている。素材にはウマやウシの骨を使ったものも若干確認されているが、多くはシカの角が用いられている。日本では約30遺跡で確認されているが、愛媛県内では本資料が出土した宮前川北斎院遺跡内の岸田地区のほか、近隣の西山・岸田Ⅱ・中津地区など全て宮前川沿いの地域に集中して見つかっている。
 この刻骨は、残存長26.2cm、最大幅3.4cm、刻みの入っている範囲は、角の中ほどにあり7.8cmを測る。表面の顆粒(かりゅう)を奇麗に削って平滑にしたうえで、約1mmの間隔で44本の刻みを、角の円周のうち、約3分の1の面にのみ付けている。
 刻みは、他の事例では20~30本が一般的である。40本を越えるものは少なく、本資料の44本は国内で確認されている刻骨で最も多いと思われる。
 用途については、刻み部分に、何か別のモノと擦り合わせたような摩擦痕が認められるものが多くあることから、今でも祭りや芸能に使われている「ささら」のような楽器であったとする説。線刻は、数の記憶や占い、暦との関係を表しているといった説があり、はっきりとしたことは分かっていない。
 ただ、シカの角は、毎年生えかわっていくため、この再生力に、当時の人たちが、神秘的な力を感じ、身につけてまじないや、権威の象徴として利用したとも推測できる。
 いずれにしろ、実用的な道具というよりは、祭祀(さいし)的な道具であった可能性が高いと考えられる。

(専門学芸員 亀井 英希)

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